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「鉄道」に関する記事一覧

寒風ニモマケズ赤い橋を渡る53年前の光景 岐阜、静岡、福井…路面電車がある街並み
寒風ニモマケズ赤い橋を渡る53年前の光景 岐阜、静岡、福井…路面電車がある街並み 1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。昨年に引き続き夏休み特別編として、諸河さんが半世紀前の学生時代に撮影した各地の路面電車の風景をお届けする。第4回は中部・北陸地方で活躍した名古屋鉄道美濃町線、静岡鉄道清水市内線、福井鉄道福武線(ふくぶせん)の路面電車にスポットを当てた
「快速」「区間快速」の英語表記は? 列車種別の英語の不思議
「快速」「区間快速」の英語表記は? 列車種別の英語の不思議 列車には、特急、急行、快速、各駅停車などといった「種別」がある。各駅停車や普通列車は各社でほぼ「Local」に統一されているが、なかには日本語と英語が一致しない列車種別もある。日本人は気に留めなくても、外国人にとっては、混乱を招くのでは? 気になりそうな列車種別の英語表記を探ってみた。
“多摩ニュータウンの足”小田急多摩線 VS 京王相模原線 ただいまヒートアップ中!
“多摩ニュータウンの足”小田急多摩線 VS 京王相模原線 ただいまヒートアップ中! “多摩ニュータウンの足”として、常にしのぎを削りあう小田急電鉄多摩線と京王電鉄相模原線。小田急と京王は、両社の多摩センターと新宿の間を競合する。2018年に入ると、京王は2月22日に座席指定列車「京王ライナー」がデビュー、小田急は3月17日に小田原線代々木上原~登戸の複々線完成による多摩線のダイヤ見直しで競合はさらにヒートアップ! 将来は他社局の新線の開業により、どちらも重要性と利便性が増す見込みだ。
日本最高地点の駅ランキング 高地の駅には線路があるとは限らない!
日本最高地点の駅ランキング 高地の駅には線路があるとは限らない! 日本の鉄道は山が多いこともあって、トンネルで突っ切る路線が多い。しかしながら、集落などの開発は山や丘の上に及ぶケースもある。その地に建設された鉄道は、当然のことながら標高が高い位置に存在する。「鉄道」の定義は幅広く、その結果、意外な“駅”が上位を占めているのだ。
マイカー通勤と路面電車で激しい「密」に! 今では見られない新潟、長野、茨城の情景
マイカー通勤と路面電車で激しい「密」に! 今では見られない新潟、長野、茨城の情景 1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。昨年に引き続き夏休み特別編として、諸河さんが半世紀前の学生時代に撮影した各地の路面電車の風景をお届けする。第3回は甲信越と北関東で活躍した新潟交通、松本電鉄浅間線、茨城交通水浜線の路面電車にスポットを当てた。

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もはや伝説的存在 “超豪華編成”として活躍した「夢空間」ってどんな列車?
もはや伝説的存在 “超豪華編成”として活躍した「夢空間」ってどんな列車? JR東日本の超豪華編成として1編成3両のみが在籍していた「夢空間」。かの有名な「オリエント急行」をモチーフに1989年つくられたこの列車は、2008年の引退まで一般営業列車として走ったものの、運行実績はわずかにとどまり、幻の豪華列車とも呼ばれている。ありし日の姿を乗車ルポを交えて紹介してみよう。
特急より速いのが超特急は昭和時代の話! 特急よりも上の私鉄の看板列車たち
特急より速いのが超特急は昭和時代の話! 特急よりも上の私鉄の看板列車たち 特急というのは「特別急行」の略である。昭和時代、特急より上をゆく列車は「超特急」と形容され、戦前の「燕(つばめ・正しくは旧字)」、東海道新幹線開業時の「ひかり」が燦然と輝き、国鉄の象徴と化した。一方、私鉄では普通(各駅停車)、準急、急行、特急などと種別を定め、さらに上に位置する列車も存在する。特急よりも上に設定された、私鉄の列車を紹介しよう。
53年前「北海道」の大地を駆けた路面電車の風景 函館の風物詩「ササラ電車」とは?
53年前「北海道」の大地を駆けた路面電車の風景 函館の風物詩「ササラ電車」とは? 1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。昨年に引き続き夏休み特別編として、諸河さんが半世紀前の学生時代に撮影した各地の路面電車の風景をお届けする。

特集special feature

    かつては少年たちが熱狂!「イラスト入りヘッドマーク」登場から43年目の”現在”
    かつては少年たちが熱狂!「イラスト入りヘッドマーク」登場から43年目の”現在” 1978(昭和53)年10月2日、日本国有鉄道(以下国鉄)は3年半ぶりとなる大規模ダイヤ改正を実施。貨物列車運転距離の削減が行われるなど、当時の国鉄が置かれた厳しい経営環境が反映された改正となったが、この改正と同時に行われた「ある施策」がきっかけとなり、大鉄道ブームが巻き起こったのだった。今回、アラフィフのライター・川崎俊哉氏が当時を回想する。
    高輪ゲートウェイ駅 “山手線最後の新駅”とされる理由
    高輪ゲートウェイ駅 “山手線最後の新駅”とされる理由 2020年3月14日、開業を迎えた高輪ゲートウェイ駅(C)朝日新聞社 2012年のJR東日本の田町車両センター(当時)の空撮写真。この広大な土地が、高輪ゲートウェイ駅を中心とした「グローバルゲートウェイ品川」として開発されている(C)朝日新聞社 1959年の国鉄田町電車区。東京駅を往来する東海道本線などの車両基地として、多くの電車が並んだ。写真の車両は右から82系(のち155系)電車修学旅行専用「ひので」、20系(のち151系)電車特急「こだま」、湘南色の80系電車、横須賀線色の70系電車(C)朝日新聞社  JR山手線30番目、西日暮里駅開業以来49年ぶりの新駅として、2020年3月14日に暫定開業した高輪ゲートウェイ駅。コロナウイルスの影響で、“新駅フィーバー”も開業直後だけ。開業してすぐに行われる予定だった駅前イベントが4カ月遅れの7月14日から規模を縮小して始まった。隈研吾(くま・けんご)氏デザインによる特徴的な外観をもつ高輪ゲートウェイ駅、計画時から山手線最後となる新駅とされる。その理由を山手線の歴史とともにひも解いてみたい。
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