やさしくなりたい AERA with Kids+ Woman MONEY aerauniversity NyAERA &TRAVEL AERA Books

「鉄道」に関する記事一覧

「五反田」駅付近の54年前は今とあまり変わりない!? 都営浅草線開通以前の足だった都電
「五反田」駅付近の54年前は今とあまり変わりない!? 都営浅草線開通以前の足だった都電 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は国鉄(現JR)五反田駅前を発着する都電だ。
京阪電気鉄道京津線 「地下鉄」「山岳鉄道」「路面電車」を三変化を愉しむ
京阪電気鉄道京津線 「地下鉄」「山岳鉄道」「路面電車」を三変化を愉しむ 逢坂山トンネルの北側にある半径45メートルの急カーブを曲がる800系(撮影/高橋徹) 上栄町駅付近の線路に設けられたスプリンクラー(撮影/高橋徹) 約600メートルの併用軌道区間を経て、びわ湖浜大津駅に入る800系(撮影/高橋徹)  京阪電気鉄道京津(けいしん)線は、京都市の御陵(みささぎ)駅と大津市のびわ湖浜大津駅を結ぶ7.5キロ・乗車16分間たらずの短い路線だが、すべての電車が京都市営地下鉄東西線に乗り入れ、最大61パーミル(1000メートルあたり61メートルの高低差)の急勾配と最小半径40メートルの急カーブで逢坂(おうさか)越えの山岳鉄道区間を経て、大津市街地では路面を走るという、変化に富んだ車窓が楽しめる。厳しい条件を克服するために造られた800系電車は“日本一高価な電車”ともいわれている。江戸時代初期に作られた「大津祭」の曳山(ひきやま)と路上で並ぶ大型電車の姿は鉄道ファンのみならず、一般の人たちからも人気を集めている。
東京・武蔵野の“幻の鉄道”跡は、中島飛行機のエンジン工場専用線だった
東京・武蔵野の“幻の鉄道”跡は、中島飛行機のエンジン工場専用線だった 東京都武蔵野市の北部に位置する都立武蔵野中央公園は、約10万平方メートルの敷地をもち、都内では珍しい広大な芝生広場が造られている。周辺を含めたエリアは、旧帝国海軍の零式艦上戦闘機(ゼロ戦)用など、日本最大の航空機エンジン工場だった中島飛行機武蔵製作所の跡地で、いまのURひばりが丘パークヒルズ(ひばりが丘団地)にあった中島航空金属田無製造所との間に、簡易鉄道が敷かれていた。線路は米軍の爆撃によって徹底的に破壊されて痕跡を留めず、“幻の鉄道”とされていた。1990年代の地元保谷市(現・西東京市)公民館の聞き取り調査により、そのルートが確認されるなど、概要が明らかにされた。
風前のともしび 廃線危機の北海道3路線のいま
風前のともしび 廃線危機の北海道3路線のいま 時代が「令和」を迎える直前の2019年3月31日、JR北海道の石勝線夕張支線(新夕張~夕張間)が最後の列車の運行を終え、1892年の開業から127年の歴史に幕を閉じた。道内ではこのほか、札沼線(学園都市線)の北海道医療大学~新十津川間の2020年5月7日限りの廃止が決定。さらにJR北海道は2018年6月に国交省と道と協議し、留萌本線深川~留萌間の全線と、災害により長期不通が続いている日高本線の鵡川(むかわ)~様似(さまに)間、根室本線の富良野~新得間の廃止方針を示している。“風前のともしび”ともいえる、北海道3路線の現状はどうなっているのか。
「君の名は」で全国区になった55年前の数寄屋橋と都電 「天下の銀座」が板張りだった理由
「君の名は」で全国区になった55年前の数寄屋橋と都電 「天下の銀座」が板張りだった理由 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は数寄屋橋界隈を走った都電だ。
最後の寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」 全設備乗り比べ徹底比較
最後の寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」 全設備乗り比べ徹底比較 東京~高松・出雲市駅間を運行する寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」は、現在の我が国では唯一の毎日運行する「定期夜行列車」である。「ななつ星 in 九州」などのクルーズトレインは夜行列車であっても毎日運行されているわけではなく、みどりの窓口で切符を買えない「団体専用列車」だ。そして「ムーンライトながら」などの夜行快速は臨時列車のため、毎日運行されているわけではない。

この人と一緒に考える

巨大ターミナル「新宿駅」西口の著しい変貌 56年前の都電と超高層都市のルーツ「淀橋浄水場」
巨大ターミナル「新宿駅」西口の著しい変貌 56年前の都電と超高層都市のルーツ「淀橋浄水場」 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、現在の高層ビル群とはまるで別世界の新宿駅西口、青梅街道を走った都電「杉並線」だ。
ちょうど50年前に廃止された「玉電」最終日の「三軒茶屋」 大渋滞に巻き込まれた路面電車の最期
ちょうど50年前に廃止された「玉電」最終日の「三軒茶屋」 大渋滞に巻き込まれた路面電車の最期 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、いまや若者に人気の街として知られる「三軒茶屋」界隈を走った路面電車、東急玉川線だ。
地元に愛され続ける都電荒川線の56年前風景 鉄道ファン垂涎「王子の軽便列車」とは?
地元に愛され続ける都電荒川線の56年前風景 鉄道ファン垂涎「王子の軽便列車」とは? 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は桜の名所「飛鳥山」の観桜客の足としても親しまれている王子駅前の都電だ。
川がないのに「橋」の地名が多い東京 54年前「京橋」を走る都電と麗しき欧州建築群
川がないのに「橋」の地名が多い東京 54年前「京橋」を走る都電と麗しき欧州建築群 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は格式のある擬宝珠(ぎぼし)を戴いた「京橋」を巡る都電だ。
国立競技場に近い「信濃町」の55年前 今では面影もない「都電しか渡れない」橋があった!?
国立競技場に近い「信濃町」の55年前 今では面影もない「都電しか渡れない」橋があった!? 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は国鉄(現JR)「信濃町」駅前の専用橋走る都電だ。

特集special feature

    55年前の「錦糸町」は都電の楽園だった!? 昭和を彩った繁華街と宝塚歌劇の意外な接点
    55年前の「錦糸町」は都電の楽園だった!? 昭和を彩った繁華街と宝塚歌劇の意外な接点 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は城東地区の商業地「錦糸町」を走る都電だ。
    これが東京の真ん中!? 56年前に赤坂見附を走った都電と「喰違見附」の名物トンネル
    これが東京の真ん中!? 56年前に赤坂見附を走った都電と「喰違見附」の名物トンネル 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は都電名物の「トンネル」があった喰違見附(くいちがいみつけ)を走る都電だ。
    あまりに美しすぎた54年前の東京・丸の内「一丁倫敦」と都電 復刻再建した現在と比べると?
    あまりに美しすぎた54年前の東京・丸の内「一丁倫敦」と都電 復刻再建した現在と比べると? 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、まるでロンドンの街並みのようなオフィスビル街だった、丸の内「一丁倫敦(いっちょうろんどん)」を走る都電だ。
    新宿~荻窪間を走った56年前の都電杉並線 巨大飛行船「ツェッペリン」の格納庫が杉並車庫に?
    新宿~荻窪間を走った56年前の都電杉並線 巨大飛行船「ツェッペリン」の格納庫が杉並車庫に? 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は西武鉄道から引き継いだ青梅街道を走る「杉並線」の都電だ。

    カテゴリから探す