週刊朝日
第1205回 タレ目で尻尾のはえた親友、小太郎
若いころ、柴犬の小太郎(写真、雄)はやんちゃ坊主だった。動物病院では、ちょっとした注射でも力の限り抵抗して、吠えたてた。獣医さんが「外にいる人が、中でよほどひどいことをしているんじゃないかと思うし、他の犬たちが不安になるでしょ」と、困っていた。 そう、実は小太郎は怖がり屋さんでもあったのだ。 そんな小太郎も14歳になり、ずいぶんおとなしくなった。 夏は、朝に夕に田んぼ横の用水に足を浸すのが好きではしゃいでいたが、最近は水に入るのは自分でできても、出るときは抱っこしてもらうことが増えた。また、その用水への往復も手押し車に乗せてもらうようになった。 ごはんも、食欲が落ちてミルクとチーズしか食べられなくなってしまった。 8月、いつものように用水に入っていた小太郎に、同じく柴犬の女の子、ひなちゃんが近づいてきて、口と鼻と耳をフンフンと、とてもやさしく、ゆっくり嗅いでくれた。 ひなちゃん、今日はどうしたの?と不思議だった。 夜、小太郎は息遣いが荒くなって目を覚ました。なでてなだめると、また眠りについた。 朝のさわやかな光の中で、小太郎はぐっすり寝ていた。とても可愛い顔と格好だった。写真に撮っておきたいと思ったほどだった。 いつまでたっても小太郎は動かなかった。異変に気づき、段ボール箱に入れ、タオルケットを掛けた。何かの間違いで、うーんと伸びをしてひょっこり起き上がりそうに見えた。ツンツン体を触り、前脚を動かしてみた。でも、小太郎は可愛い顔のまま眠り続けた。 お父さんやお母さんが帰宅すると、タレ目で熱烈歓迎してくれたね。尻尾のはえた親友でいてくれてありがとう。
特集special feature
校閲ガール トルネード
日本テレビ系のドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」が好調だ。原作の宮木あや子『校閲ガール』は新刊のときにこの欄で取り上げたので(2014年6月)、先見の明を誇ろうと思ったら、ゲッ、斎藤の批評は辛口じゃんか。しかもドラマは、なによ、おもしろいじゃないの! 校閲者と著者が顔を合わせる機会はないものの、校閲さんの力で毎度危機を逃れている私(今回も作者名を宮本、景凡社を慶凡社と誤記しました。面目ない)。 新刊の『校閲ガール トルネード』はシリーズの第3弾。入社3年目を迎えた河野悦子に校閲部を脱するチャンスがめぐってくる。常勤スタッフの産休で、ウェディング雑誌「Lassy noces」の編集部に異動になったのだ。ファッション誌「Lassy」に憧れて景凡社に入った悦子には姉妹誌でも臨時雇いでも嬉しい。 外注はしない方針の編集部。さっそくドレスのスタイリングを任された悦子だったが、〈なかなか良いわね。センスある、さすが〉と褒められたのも束の間、先輩編集者の容赦ない声が飛んだ。 〈じゃあこのスタイリング全部に七十文字のキャプションつけてみて。花嫁さんに「着たい!」って思わせるような。ちゃんとドレスの特徴も入れてね〉 無理ですとはいえない。が、出てくるのは〈女性らしいフェミニンな〉〈乙女心をくすぐられるガーリーな〉などの下手なフレーズばかり。〈当たり前だ。悦子は今まで様々な文章を読んではきたが、書いてはこなかった。書こうという気もなかった〉。賢い弁明! 1時間かけて書けたテキストはたったの2着分。これではたしかに仕事になりません。一方、作家とモデルを兼業する是永是之こと幸人は小説では芽が出ず、ミラノのブランドの専属モデルにならないかという話が来た。 軽~いノリで進むラブコメ風の小説だけど、天職とは何かという問いも挟んでラストはホロリとさせる。にしても悦子のマシンガントークは原作通りだったのね。1作目ももう一回読んでみます。
みすず書房旧社屋
20年前に解体された本郷3丁目のみすず書房旧社屋を、取り壊し直前に写真家が撮影していた。親しみに満ちたモノクロ写真に社員やゆかりの人々の文章が添う。 ビルの谷間の角地に佇む、木造2階建ての、住居のような質素な建物。「屋根の一角に物干し台まで載っていた。みすず書房の知的で清楚な書籍のイメージとはかけ離れていた」と写真家の鬼海弘雄。扉を開けると狭い上がり口に書物が押し寄せ、どこもかしこも雑然と、本と紙であふれる。ドアストッパーには『日本紳士録』や『著作権台帳』が使われ、便器の下には「ニューヨーク・タイムズ」が敷かれた。編集会議が開かれた2階大部屋から、人は廊下まではみ出した。ほぼ毎日、夕方になるとビールを買ってきての飲み会が始まった。築48年。旧き良き時代の出版人の熾がともる。
飾らず、偽らず、欺かず 管野須賀子と伊藤野枝
大逆事件で刑死した管野須賀子と関東大震災後の混乱の中で虐殺された伊藤野枝。明治時代に生まれ、逆風を受けながらも女性解放のために動いた二人の生の軌跡を丹念に追った一冊だ。 年齢差は14歳ながら生前は交わらなかった二人。だが、管野の刑死の翌年に伊藤が論壇にデビューしたのは歴史の必然なのだろう。二人は生い立ちこそ異なるが、ともに世間や国家権力に押しつぶされそうになりながら、もがき、個人の自由を目指した。自らが捨て石になり、死を覚悟して理想を実現しようとした姿勢も重なる。 果たして女性は自由になれたのか。二人が100年前に抱いた慣習や女性差別への違和感は横たわったままだ。彼女たちの言説が現代に照らし合わせても、古びていないことが皮肉にもそれを物語っている。























