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「鉄道」に関する記事一覧

悪質な「撮り鉄」マナー 乗務員に向かってストロボ撮影、呆れたその言い訳とは?
悪質な「撮り鉄」マナー 乗務員に向かってストロボ撮影、呆れたその言い訳とは? 「撮り鉄」が引き起こすトラブルを目の当たりにするたび、うんざりしている写真愛好家は多い。鉄道会社や乗降客に迷惑をかけるだけでなく、不法侵入や器物損壊、鉄道営業法違反、威力業務妨害といった違法行為にも及び、「一部の人の悪行であり、ルールを守って撮影している自分と同じと思われたら困る」という心理が働くからだろう。「人よりいい写真を撮りたい」という気持ちは誰にでもある。しかし、自分さえよければいいのだろうか? 「撮り鉄」の中には、「自分が撮った写真によって鉄道の魅力を伝えることができる」と考える人もいるようだが、そのためには何をしても許されるのだろうか? アサヒカメラ特別編集『写真好きのための法律&マナー』では、鉄道写真家・櫻井寛氏を取材。撮影愛好家はどう振る舞うべきなのか、話を聞いた。
ベイエリアの眺望と下町風情が入り交じる「月島」の今昔 50年前はどんな景色に?
ベイエリアの眺望と下町風情が入り交じる「月島」の今昔 50年前はどんな景色に? 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、豊洲新市場にほど近く、超高層マンション群がそそり立つ「月島」の都電だ。
住みたい街、大人の街「恵比寿」の変貌 都電が結んだ中目黒との接点とは?
住みたい街、大人の街「恵比寿」の変貌 都電が結んだ中目黒との接点とは? 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、麦酒(ビール)工場のブランドを命名されて発展した恵比寿駅前の都電だ。
いまとはまるで違う55年前の「永田町」 痛々しいほどの板張り道路だった理由は?
いまとはまるで違う55年前の「永田町」 痛々しいほどの板張り道路だった理由は? 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、日本の政治の中枢である永田町・平河町界隈の都電だ。
築地市場83年の歴史に幕 下町に愛された魚河岸の足「都電」と「渡」
築地市場83年の歴史に幕 下町に愛された魚河岸の足「都電」と「渡」 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、10月6日で営業を終え、83年の歴史に幕を閉じる築地中央市場への足となった都電だ。

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再開発が進む「渋谷駅」周辺は55年前も工事ラッシュ!? “巨大迷宮”への系譜
再開発が進む「渋谷駅」周辺は55年前も工事ラッシュ!? “巨大迷宮”への系譜 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、現在再開発が進む渋谷駅。駅周辺の建設ラッシュのビルには巨大IT企業が入居を予定するなど、街全体が変貌しつつある。そのきっかけともいえる1964年東京五輪関連工事ラッシュの渋谷駅前が、今回の写真だ。
原発事故で一部不通の常磐線復旧進む 帰還困難区域の双葉駅周辺をルポ
原発事故で一部不通の常磐線復旧進む 帰還困難区域の双葉駅周辺をルポ 東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所事故で今も、富岡(福島県富岡町)―浪江(同県浪江町)間の20.8キロが不通となっている常磐線。とりわけ、双葉駅(福島県双葉町)と大熊駅(福島県大熊町)は、駅舎も帰還困難区域となっており、これまで、ほとんど手つかずだった。しかし、今年に入り。双葉駅や大熊駅では駅舎の撤去、線路の補修などがはじまった。普段は立ち入りが制限されている双葉駅とその周辺の状況が9月、AERA dot.の取材で明らかになった。
東日本大震災で被災した鉄道はいま
東日本大震災で被災した鉄道はいま 東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所事故で今も、富岡(福島県富岡町)―浪江(同県浪江町)間の20.8キロが不通となっている常磐線。とりわけ、双葉駅(福島県双葉町)と大熊駅(福島県大熊町)は、駅舎も帰還困難区域となっており、これまで、ほとんど手つかずだった。しかし、今年に入り双葉駅や大熊駅では駅舎の撤去、線路の補修などがはじまった。普段は立ち入りが制限されている双葉駅とその周辺の状況が9月、AERA dot.の取材で明らかになった。フォトギャラリーで紹介する。
浅草「雷門」に美しく調和する路面電車 かつてそびえた「日本のエッフェル塔」とは?
浅草「雷門」に美しく調和する路面電車 かつてそびえた「日本のエッフェル塔」とは? 2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、全国有数の観光地「浅草」のランドマークである「雷門」の都電だ。
いまや「住みたい街」人気の池袋 50年前に街を支えていたのは都電と百貨店だった!?
いまや「住みたい街」人気の池袋 50年前に街を支えていたのは都電と百貨店だった!? 2020年のオリンピックに向けて、東京は変化を続けている。同じく、前回の1964年の東京五輪でも街は大きく変貌し、世界が視線を注ぐTOKYOへと移り変わった。その1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、いまや「住みたい街」として人気上昇中の東京・山手(やまのて)の三大副都心の一つ、池袋駅前の都電だ。
まもなく移転の「築地市場」 70年前に市場内を走っていた“知られざる都電”とは?
まもなく移転の「築地市場」 70年前に市場内を走っていた“知られざる都電”とは? 2020年のオリンピックに向けて、東京は変化を続けている。同じく、前回の1964年の東京五輪でも街は大きく変貌し、世界が視線を注ぐTOKYOへと移り変わった。その1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、東京の台所ともいえる「築地中央市場」への足として働いた築地の都電だ。

特集special feature

    名力士を育てた相撲の街・両国の「電車道」 戦後の東京を支えた50年前のある都電とは?
    名力士を育てた相撲の街・両国の「電車道」 戦後の東京を支えた50年前のある都電とは? 2020年のオリンピックに向けて、東京は変化を続けている。同じく、前回の1964年の東京五輪でも街は大きく変貌し、世界が視線を注ぐTOKYOへと移り変わった。その1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、東京の東玄関口、国鉄両国駅へのアクセスとして活躍した、両国駅前の都電だ。
    江戸鎮座200年目の「水天宮」 都電から地下鉄へ、50年で変わった参拝客の「足」
    江戸鎮座200年目の「水天宮」 都電から地下鉄へ、50年で変わった参拝客の「足」 2020年のオリンピックに向けて、東京は変化を続けている。同じく、前回の1964年の東京五輪でも街は大きく変貌し、世界が視線を注ぐTOKYOへと移り変わった。その1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、安産・子授けなどのご利益で知られる「水天宮」への参拝客の足として活躍した、水天宮前の都電だ。
    新幹線とは無縁の50年前の品川 都電と京浜電鉄が乗り入れしていた「幻」の時期とは?
    新幹線とは無縁の50年前の品川 都電と京浜電鉄が乗り入れしていた「幻」の時期とは? 2020年のオリンピックに向けて、東京は変化を続けている。同じく、前回の1964年の東京五輪でも街は大きく変貌し、世界が視線を注ぐTOKYOへと移り変わった。その1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は東京で最初に路面電車が走った品川駅前の都電。往時は京浜第一国道上の細長い停留所から三系統の都電が次々と発車していた。
    移ろうサブカルの街・秋葉原で昭和の面影残る万世橋 鉄道ファンのあの「聖地」は?
    移ろうサブカルの街・秋葉原で昭和の面影残る万世橋 鉄道ファンのあの「聖地」は? 2020年のオリンピックに向けて、東京は変化を続けている。同じく、前回の1964年の東京五輪でも街は大きく変貌し、世界が視線を注ぐTOKYOへと移り変わった。その1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、いまや世界中からの観光客でごった返すサブカルチャーの聖地・秋葉原からほど近い場所にあり、神田川に架橋された「万世橋」を渡る都電だ。
    世界的巨匠による名建築「ライト館」の前を走る路面電車 今では見られない美しき東京
    世界的巨匠による名建築「ライト館」の前を走る路面電車 今では見られない美しき東京 2020年のオリンピックに向けて、東京は変化を続けている。同じく、前回の1964年の東京五輪でも街は大きく変貌し、世界が視線を注ぐTOKYOへと移り変わった。その1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は都心のオアシス、日比谷公園付近。都電通りに面した名建築「帝国ホテル本館(ライト館)」にスポットを当てる。

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