週刊朝日
第1204回 シルキータッチの毛をなでながら
12年前、わが家にやって来たチュー子(写真、雌)です。ネズミ顔だったので、こんな名前になりました。 子猫のときに外から網戸にへばりつき、中に入れて~と鳴きました。家にはすでに2匹の拾い猫がいたので、うんと迷った末に家族の一員として迎えました。 チュー子は幼いころからミルク好きで、私がアイスクリームやヨーグルトを食べていると、いつの間にやら足元に寄ってきます。 かつて先輩猫たちがいたころは食事どきも遠慮がちで、残った餌をゆっくり食べる子でした。今も餌に飛びつくことはなく、食も細くて、私をうらやましがらせるくらいにスリムです。 チュー子のたった一つの短所は、私たち夫婦以外の人に警戒心がとても強いこと。訪問者の姿がある間はおろか、声が聞こえている間も全く姿を見せません。無理に抱いて連れてくると、「ア~ウ~ア~ウ~」と悲しそうに鳴きだします。だからチュー子の存在は、写真だけで知る人がほとんどです。 不思議なことにチュー子は夫の足音を聞き分け、早くから玄関で待っています。チュー子が玄関のほうに移動したら、もうすぐ帰宅の合図なのです。 先輩猫たちが天国に旅立って一人天下になった今、チュー子の楽しみは、私たちの就寝タイムを見計らって、家中を走り回りながら、なぜか途中にある戸棚という戸棚を開けることです。時には天袋によじ登り、ガサゴソやっています。 思いっきり運動した後は、寒いころは布団にもぐり込んできて手枕で、夏場は足元の布団の上で眠ります。 一日の終わりに、のどを鳴らすグルグルを聞きながら、シルキータッチの毛をなでるときが私の幸せタイムです。この安らかな時間が少しでも長く続きますようにと願いながら──。
ボブ・ディラン解体新書
今年、ノーベル文学賞に輝いたボブ・ディランのお騒がせぶりはどうだろう。授賞が決まったのに連絡がとれない。拒否するのかと思ったら受賞自体は歓迎する。なのに授賞式には出席しない……。 中山康樹『ボブ・ディラン解体新書』は、そんなお騒がせミュージシャンの伝説に迫った本。刊行は2014年だが、このタイミングで増刷になった。解体新書というだけあり、必ずしも絶賛してはいない点がおもしろい。 〈近年のディランが、ロックンロールの原点に戻り、ロックという音楽の歴史化を身をもって体現し、のみならず自らその歴史化に積極的に加担しようとしているように思える〉と著者はいう。70歳を超えたディランは、自伝を出版し、ラジオ番組で昔聞いた曲を紹介し、自身の過去の別の曲に蘇生させて伝説を更新させる。それは老成なのか老化なのか。 ディランの歌詞はしばしば「引用」の名を借りた盗用疑惑が指摘されてきた。日本ではスルーされても英語圏ではそうはいかない。特に2000年代に入ってからは顕著だったが、本人の回答は〈フォークやジャズで引用はあたりまえだ〉〈そんなに簡単に引用で作品がつくれるなら、やってみせてくれよ〉〈ちまちま文句をつけやがって。昔からそうなんだよ〉。 このへんから60年代に遡り、本はディランの軌跡を追う。そこから浮かび上がるのは、天才ミュージシャンというより、他者の流儀を自在に盗み、自分で自分をプロデュースする強気な顔だ。 〈かつてディランは、相手を煙に巻くことが目的ででもあるかのように、上げ底の物語を安売りし、しばしば他者の視点から「ボブ・ディラン」を語り、その作業のくり返しによって神秘性を高め、謎めいた人物像を構築してきた〉。しかし、近年ディランはその作業に疲れたように思える、と。やっぱ面倒くさい人なんだな。 著者は「スイングジャーナル」の編集長を務めた音楽評論家。昨年1月、逝去した。ディランのノーベル賞受賞をどう感じたか、ぜひ聞いてみたかった。
九十歳。何がめでたい
佐藤愛子のエッセイ集『九十歳。何がめでたい』の魅力は、このタイトルに集約されている。次のような文章を読むと、そう思う。 〈ああ、長生きするということは、全く面倒(めんど)くさいことだ。耳だけじゃない。眼も悪い。始終、涙が滲(にじ)み出て目尻目頭のジクジクが止らない。膝からは時々力が脱けてよろめく。脳ミソも減ってきた。そのうち歯も抜けるだろう。なのに私はまだ生きている〉 病院の待合室へ行くまでもなく、日本には病を抱えた長寿の人々があふれている。認知症への不安は消えず、介護の問題もつきまとう。昔から寿(ことほ)がれてきたとはいえ、いったい長生きの何がめでたいのか、当事者である佐藤は困惑している。思えば、82歳で逝った私の母も同じようなことをこぼしていた。 しかし、佐藤の戸惑いは歯切れがいい。自他ともに認める猪突猛進の人らしく、テンポよく、しかも怒気をはらんで嘆いている。怒りにかられた猛進は時に彼女を難局に直面させてきたが、一方でその災難を突破する力にもなってきた。そうやって90歳代を迎えた人の、経験に裏打ちされた言葉がこのタイトルなのだ。上品ではないが、潔い。 佐藤ならではの怒気と潔さは、個々のエッセイにも満ちている。「いちいちうるせえ」などはその白眉で、正論をかざしてあれこれ細かく文句をつける世相に怒った末に、そんな自分を〈ヤバン人〉と認めてしまう。そして、〈闘うべき矢玉(やだま)が盡(つ)きた〉からとエッセイの連載を終了する。 おそらく多くの読者は、佐藤の「潔い野蛮」に魅せられているのだろう。やはり、文は人なりである。
私の日本地図2 上高地付近
日本全国を行脚した民俗学者が、生前刊行した著作集のリニューアル版。昭和40年、信州・上高地付近の地域を歩いた際の記録12編が収められる。土地の多くは、谷奥に潜むいわゆる「僻地」。古道を歩けば「実に平凡なさびしいところ」(「桧峠」)、「全く忘れられた世界」(「鎌倉往還」)と、描写には物悲しさが漂う。宮本はこうした厳しい環境に人々が住み着き、くらしを営む過程に目を向けた。例えば番所はまず養蚕・林業が地域の収入を支え、のち、スキー客・学生向けの民宿業が発展した。何もなかった場所に、自身の手で「経済」を生み出していく。その創意工夫の姿勢は、与えられた仕事に従事することの多い現代人にとって参考になる。 宿の主人に土地の歴史を何時間でも訊ねたという宮本の熱量が時代を超え届く。
堤清二 罪と業 最後の「告白」
セゾングループの総帥であり、作家辻井喬の顔も持った堤清二へのロングインタビューを、物語のような筆致でまとめた、第47回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)受賞作。 西武グループの礎を築いた実業家で、異常な好色家であった父・康次郎が生んだ“業”と“矛盾”。死してなお清二と弟・義明氏を呪縛し、二人の因縁をつくった経緯が生々しく描かれている。その清二が、父への激しい憎悪を口にしながらも、父が命をかけた財産を守る意思や、「父に愛されていたのは、私なんです」と語る。青白い情念を帯びた言葉で父の愛情を確認しようとする「静かな狂気」の様は、最晩年の心境であり、本書はそれを見事にすくいとり、堤家とは、西武グループとは何だったのか、という根源的な問いを投げかけている。
特集special feature
日本の一文 30選
文体論を長年研究し、『日本の作家 名表現辞典』など様々な辞典を編纂した著者による名表現の案内書だ。 「円い甘さ」のようにはっとするような結びつきで読者の眼をしばたたかせる川端康成、暗い部屋の中で蝋燭の焔が揺れる様子を「夜の脈搏(みゃくはく)」と表現する谷崎潤一郎、「湯桶のような煙突が、ユキユキと揺れていた」と独創的なオノマトペで新鮮な感覚を感じさせる小林多喜二。プロの作家たちによる名表現がどのように書かれているかを分かりやすくひもといていく。 「人生に、汗水たらして働くだけではない、ゆとりの時間が必要なように、文章にも的確で効率のよい表現を求めるだけではない。人間は《ことばで遊ぶ》楽しみも知っている」と著者は言う。日常を潤す日本語の味わい方を知ることができる。
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