週刊朝日
第1202回 父譲り 時代劇と演歌が好きなシロ
70代の両親には可愛がっている猫がいます。黒白のブチ柄の雄猫、シロ(4歳、写真)です。 庭先に来る三毛猫が産んだ3匹の子猫のうちの1匹です。母はなんとか3匹を保護してケージに入れ、人に慣れさせようとしました。 最初は激しく威嚇していた子猫たち。そのうち、真っ先にケージの中で楽しく遊び始めたのがシロです。 部屋に放すと他の2匹はおびえて物陰から出て来ませんでしたが、シロは部屋を探検し、母にも甘え、のびのびと過ごし始めました。 結局2匹は全く慣れず、すきをついて逃亡。シロだけが飼い猫の道へ。 その後、猫の譲渡会にも参加しましたが、シロは家の外ではおびえてしまい、無愛想なので里親は現れず、実家の猫になったのでした。 以前は母に懐いていたシロですが、家猫になった途端、なぜか父にベッタリとなりました。 父の部屋でシロも一日過ごしているので、父が好きな時代劇と演歌が好きになったようです。演歌が流れると尻尾をフリフリしてテレビ画面を見ています。 母には、朝ごはんをもらうとき以外はドライな対応で、母はかなり寂しがっています。 シロの楽しみは散歩です。父にリードを付けてもらい、庭先を歩くのです。 庭には鳥もやって来ます。ほとんどがスズメですが、ハトも1羽来るようになりました。ハトはシロがつながれているのを知っているのか、シロの周りを平気で歩きます。シロはハトに近付きたがっていましたが、父が制していました。 ある日、シロは父のすきをつき、ついにハトに襲いかかりました。ハトは驚いて飛び去り、それ以来、実家の庭に現れません。 ハトが来なくなり、なんだかつまらなそうなシロです。
女性政治家のリアル
2014年6月18日、東京都議会の一般質問で、不妊治療などについて質問中だった女性議員に「早く結婚したほうがいいんじゃないか?」「まずは自分が産んでから!」「産めないのか?」などの野次が飛んだ。思い出しました? 都議会セクハラ野次事件。 『女性政治家のリアル』は、その標的にされた塩村あやか議員(当時はみんなの党。同党解党後はひとり会派)の著書である。 〈それまでも酷い野次は日常茶飯事でしたが、女性蔑視も甚だしい、悩みを抱える女性に対しての無神経きわまりない言葉。そして続く野次と笑い声。その野次の多さは、マイクを使って質問に立っている自分の声すら聞こえなくなってしまう状態でした〉 なぜそんな野次が飛んだのかといえば〈それは、私が議員一年目/女性/小会派(当時)だから、というのが端的な答えです〉。〈根本には弱い者イジメ、差別というものが働いている〉とも。 現役の議員さんだから都議会の闇を実名込み徹底暴露というわけにはいかないが、それでも〈「女性・若手・独身」はマークされやすい〉など、女性議員がぶつかる壁が率直に語られている。 女性が政治家になりにくい理由は、家族の理解と協力が必要なこと、多額の供託金(地方議員の場合は50万~60万円)などの金銭負担が大きいこと。とてもじゃないが専業主婦が立候補するのは不可能に近い。結果、都議会議員の構成は127人中、女性は25人。ほとんどが野党で、60人近い与党自民党では女性わずか3人。 1978年生まれ。いわゆるロスジェネ世代に属し、広島生まれの被爆2世で、母子家庭で育った彼女にいわせれば〈都議会は時代に遅れに遅れています〉。マイノリティーに対する差別がひどく〈いかに強い者に付いて乗り切るかということしか考えていない議員や職員が非常に多いのです〉。〈女性が政治家になるということがどれだけ無防備で、リスクのあることか〉と嘆きながらも、前向きな本。女性議員を増やすクオータ制の導入には私も賛成です。
特集special feature
薄情
今年度の谷崎潤一郎賞を受賞した絲山秋子の長篇小説『薄情』は、関東平野の北西端に位置する群馬県高崎市とその周辺が舞台だ。主人公の宇田川静生はこの高崎で生まれ育ち、地元の宮司である伯父の跡を継ぐために國學院大學を卒業して実家に戻り、今は神社を手伝ったりアルバイトに精を出して暮らしている。 30代前半とおぼしき宇田川は、他者との深い関わりを避けて生きてきた。人づきあいが悪いわけではなく、その気になれば、インターネットを介して知りあった女性とセックスだってする。しかし、尾を引くほど熱中することはない。結婚や将来への期待は薄いが、とはいえ人生に絶望しているわけでもない。 〈自分の内側になにかが足りない気は、ずっとしていた〉 それが何だったのか、なくなった今となってはわからない。そんな思いを抱きつつ、東京から移住してきた木工職人の工房に通い、同じように集う人々との会話を楽しむ。それぞれが持ち寄った日常の断片噺のやりとりは決して深入りすることはなく、だから宇田川には快かったのだが、その場所も、あるトラブルを機に変容してしまう。彼には近づけない空間となっていく。 冒頭からつづく宇田川の自問自答はこのあたりから深度を増し、句点のない彼の内省の言葉を読むうちに、こちらもあれこれ考えるようになる。都市と田舎、自由と不自由、大人と子どもなどの境界域に生きる彼の自覚と内省は、実は私にも通じているからだ。 はたして、薄情とは何なのか? 宇田川が辿りついた核心は、読後、すんなりと私の腑に落ちて離れない。
地上の星
戦国時代に小豪族五人衆のゆるやかな支配が続いていた天草だが、キリスト教が急速に広まり、豊臣秀吉の天下統一の波に呑みこまれていく。迎えた「天正天草合戦」(1589)では加藤清正と一騎打ちに向かう武将木山弾正、妻で天草一の美貌といわれたお京の方らが奮戦する。「武」の歴史だけでなく、布教のため、日本語とポルトガル語の辞書『日葡字書』作りに命をかける人々も登場する。少女時代から苦難が多かった「おせん」もその一人で、 「雨に濡れて、露恐ろしからず」 という言葉を支えに生き続ける。徳川幕府が誕生した1603年に字書は完成、老いたおせんが入信する場面は美しい。 松本清張賞を受けたデビュー作『マルガリータ』同様、宗教よりも生き方を問う作品となった。
煙が目にしみる 火葬場が教えてくれたこと
米国シカゴ大学で中世史を学んだ女性が、サンフランシスコの葬儀社に就職し「火葬技師」として働いた1年間の体験記だ。 土葬が基本の米国で、近年増加傾向にあるとはいえ火葬はマイノリティ。「なんでまた大学を出て。それも火葬場に」と同僚からも首を傾げられる。 「死」に強い関心をもった8歳の時の体験をはじめ、小説を読むようなタッチで日々の出来事が綴られる。一人きりの職場に慣れたある日、赤いワンピースで出勤するや「そこのあなた」と遺族から叱責される。火葬室に遺族が集うのが稀だったためだ。「遺灰の配送」も珍しくはなく、難癖をつけて料金を払うまいとする輩もいる。異文化の集積する多民族国家。逸話の一つ一つから、弔いの儀式や捉え方はこんなにも異なるものかと驚かされる。
月兎耳の家
2年前、膵臓がんのため64歳で旅立った稲葉真弓の遺稿小説集である。 表題作「月兎耳の家」は、初老に近づいた主人公の「私」が元女優志願の老いた叔母を施設に送るまでの話。「月兎耳」とはベンケイソウ科の地味な植物。ラスト部分に〈老婦人のさして長くはないだろう晩年を見届ける〉という主人公の呟きがあるが、そこからは十分に思いを果たせぬまま逝った著者の切なさが伝わる。 「風切橋奇譚」は、死の前年に1年間雑誌に連載された幻想小説。作者はこの時すでに死を覚悟していたに違いない。あの世と現世を行き来する物語で、著者は涙を流しながら最後の力を振り絞って綴ったのでは、と思わせる雰囲気が文章に流れている。 収録された3作品からはともに人生の無常、生命の無情が感じとられる。
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