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「光る君へ」に関する記事一覧

【大河ドラマ「光る君へ」】藤原道長は日本最古の糖尿病患者 医師が解説「望月の歌」を詠める状態だった?
【大河ドラマ「光る君へ」】藤原道長は日本最古の糖尿病患者 医師が解説「望月の歌」を詠める状態だった? 日本の歴史に残る最古の糖尿病患者と言われている藤原道長。病気の進行具合は文献に克明に記されており、有名な「望月の歌」を詠んだときには合併症により目が見えなかった可能性がある、と医師は指摘する。糖尿病により伯父や兄、おいが相次いで亡くなった遺伝的素因や、当時の生活習慣に迫る。
紫式部が「夫の死」を契機に書き始めた『源氏物語』 道長との間にロマンスはあったのか
紫式部が「夫の死」を契機に書き始めた『源氏物語』 道長との間にロマンスはあったのか 藤原道長と紫式部は“権門”と“寒門”と身分は異なれど、四歳ほどの年齢差で同じ世代を生きた。道長は、光源氏のモデルとも目されているほど「貴族道」を体現した人物だ。そして光源氏を生み出した紫式部も、宮廷という小宇宙にあって「女房」世界を象徴した。彼らの接点は「貴族道」と「女房」という王朝時代に特化されるべき局面での出会いにあった。紫式部が道長の娘彰子のもとに出仕したのは、寛弘二年(一〇〇五)の三十代も半ばの頃とされている。「かりに道長と式部に色恋沙汰があったとすれば、権門と寒門の化学変化の表れともいえなくもない。」と歴史学者の関幸彦氏は言う。同氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、関氏の考える藤原道長と紫式部の関係性について紹介する。
醜聞と疫病で都から離れた紫式部 「結婚」前後に見え隠れする“男”の影
醜聞と疫病で都から離れた紫式部 「結婚」前後に見え隠れする“男”の影 王朝文学は色恋沙汰を抜きにしては語れない。それはその担い手たる女房たちがその場に身を置くことでの経験が大きいからである。「恋は曲者」(謡曲『花月』)の語があるように、自身がその虜になることもあった。紫式部は、色恋に酩酊できないタイプで、その自覚が彼女を散文へと走らせた。しかし、同時に彼女はそれなりに愛欲の世界も心得ていたので“仮想現実”を伝えることもできた。関幸彦氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、紫式部自身の色恋について紹介する。
【大河ドラマ「光る君へ」本日第5話】権力の階段を駆け上った藤原道長が苦しんだ「持病」とは?
【大河ドラマ「光る君へ」本日第5話】権力の階段を駆け上った藤原道長が苦しんだ「持病」とは? 2月4日の放送で5回目を迎える大河ドラマ「光る君へ」。第4話は、藤原道長(柄本佑)が、母を殺害した人物の弟だと知ってしまったまひろ(吉高由里子)がその場で倒れる場面で終わった。道長とまひろの関係は、第5話ではどう描かれるのか。
「孫が裸に……」と祖母が大反対 元トレンディー女優「財前直見」が芸能界入りした意外なきっかけ
「孫が裸に……」と祖母が大反対 元トレンディー女優「財前直見」が芸能界入りした意外なきっかけ 女優の財前直見さん(58)は1980年代後半から30年以上にわたり、ドラマ、映画で活躍し続けている。役に合わせてさまざまな表情を見せる多彩な演技力は折り紙つきだ。「お金がない!」「お水の花道」(ともにフジテレビ系)、「ごちそうさん」(NHK)など、名演技で視聴者を魅了した作品は数知れない。【前編】では2007年に大分に移住した理由やそこで得られた精神的な幸福、子育てや終活への向き合い方について語ってもらった。【後編】では女優になった意外な経緯、若さを保つ秘訣(ひけつ)について話を聞いた。
90年代トレンディー女優「財前直見」が大分移住を決めたワケ 「女優扱いされる姿を息子に見せたくなかった」
90年代トレンディー女優「財前直見」が大分移住を決めたワケ 「女優扱いされる姿を息子に見せたくなかった」 1990年代を代表する女優としてドラマ、映画に引っ張りだこだった財前直見さん(58)。2007年に実家のある大分県に移住し、大自然の中で農作業に精を出して子育てするかたわら、東京でも女優として活動する「2拠点生活」を続けてきた。移住から17年を迎えた今、大分移住を決断した理由や、モノ作りで精神的な幸福度が上がった田舎生活について語ってくれた。

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〈きょう放送クイズ!丸をつけるだけ〉平安貴族は3時起床で7時出勤 日記で愚痴るほど過酷だった働き方
〈きょう放送クイズ!丸をつけるだけ〉平安貴族は3時起床で7時出勤 日記で愚痴るほど過酷だった働き方 29日に放送される、丸をつけるだけで “誰でも解答できる” 新感覚クイズ番組「クイズ!丸をつけるだけ」(NHK総合・午後7時57分)は、平安時代の魅惑の食文化から出題される。「枕草子」に登場する平安の高級スイーツは、さてなんでしょう!? 番組の今回のテーマ「平安時代」の生活様式は興味深い(「AERA dot.」2024年1月8日配信の記事を再編集したものです。本文中の年齢等は配信当時)。
「紫式部」の名前の由来となった父 曽祖父や伯父が『源氏物語』に与えた影響とは
「紫式部」の名前の由来となった父 曽祖父や伯父が『源氏物語』に与えた影響とは 紫式部の一家は、典型的な文人貴族だ。曽祖父の兼輔は公卿で、歌才も豊かだった。父為時の兄為頼は、摂関家の藤原頼忠家の歌会に出席していた。永観二年(九八四)には、父為時が“式部丞”となり、この父の官職に由来し「紫式部」の名は付けられた。翌々年には“蔵人・式部大丞”に任ぜられ、為時は歌人としても有名となった。「式部の成長する環境のなかで少なからず影響を与えたはずだ。」と歴史学者の関幸彦氏は言う。同氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、三人の人物が紫式部にどのように影響を与えたか紹介する。
好みは草食系より肉食系 「男女の仲」を知っている必要があった平安時代の「女房」たち
好みは草食系より肉食系 「男女の仲」を知っている必要があった平安時代の「女房」たち 『源氏物語』が織り成す王朝の雅を象徴する人物、紫式部。彼女については『源氏物語』と表裏一体の関係で論ぜられてきたが、歴史学者・関幸彦氏は、ロマン的要素とは別に、宮廷世界のドライな現実についても目を向け、一方で王朝の女房たちの“女子力”にも注目している。「言わずもがなではあるが、摂関政治を根底で規定したのは、その“女子力”だった。」と関氏は言う。一条天皇の後宮に出仕した彼女たちの存在は、后妃たちにとって知的装置となっており、とりわけ“男女の仲”について伝授する役割を担っていた。同氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、女房たちの役割について詳しく紹介する。
アマゾンCM女優「瀧内公美」が海外撮影で受けた衝撃 「すごく自由になっていく感覚があった」
アマゾンCM女優「瀧内公美」が海外撮影で受けた衝撃 「すごく自由になっていく感覚があった」 昨年、「大奥 Season2 幕末編」(NHK)の阿部正弘役や、アマゾンプライムのCMで話題になった瀧内公美さん(34)。今年は1月からスタートしたNHK大河ドラマ「光る君へ」の出演も控えており、人気女優への階段を着実に上がっている。【前編】では、女優になるきっかけとなった地元での出来事や下積み時代の苦労などを語ってくれた。【後編】では「活動の幅が広がった」という昨年の仕事や、「光る君へ」で夫婦役を演じる柄本佑さんとの関係、次なる目標などについて聞いた。
吉高由里子が感じた「平安の心をゆさぶられる風景」と、道長への「万感の思い」
吉高由里子が感じた「平安の心をゆさぶられる風景」と、道長への「万感の思い」 2024年の大河ドラマ「光る君へ」は、平安時代の女流文学者・紫式部が主人公。紫式部は『源氏物語』の作者としてあまりにも有名だが、その実像は謎に包まれている。そんな、紫式部や「我が世の春」を謳歌した藤原道長など隆盛を極めた藤原氏が台頭した時代がまるっと分かる、週刊朝日ムック『歴史道vol.31 藤原氏1300年の栄華の謎』では、紫式部(まひろ)を演じる吉高由里子さんにインタビュー。クランクインから約半年、平安女子を演じるにあたっての思いや意気込みを語ってもらった。

特集special feature

    紫式部が活躍した道長の最盛期 藤原家の時代の到来を支えた「姉」の活躍
    紫式部が活躍した道長の最盛期 藤原家の時代の到来を支えた「姉」の活躍 道長の姉である詮子は十七歳で円融天皇に入内、女御となり懐仁親王(一条天皇)を生み、「三道」(道隆・道家・道長)時代の到来に力を与えた女性だった。彼女は、道長の第二夫人明子を結びつける媒介役にもなり、何より、関白(内覧)の行方をめぐり、一条天皇が、伊周か道長かの選択を迫られたおり、道長の内覧就任の道筋を作った立役者だ。道長にとっては、最大の恩人といえる。歴史学者・関幸彦氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、道長を支えた姉詮子を一条朝の流れとともに紹介する。
    娘3人は天皇の后に 「引退」した直後に異国船襲来 勝ち抜けた藤原道長に残った「不安」
    娘3人は天皇の后に 「引退」した直後に異国船襲来 勝ち抜けた藤原道長に残った「不安」 康保三年(九六六)、藤原道長は兼家の五男として誕生した。十五歳で「従五位下」、二十二歳で左大臣源雅信の娘倫子と結婚、翌年には源高明の娘明子を第二夫人として迎えた。倫子との間に二男四女、明子との間には四男二女を設け、そのうち彰子はのちに一条天皇、妍子は三条天皇、そして威子は後一条天皇の后となった。関白の地位で全盛を迎えつつあった長兄道隆と次兄道兼が疫病にて没し、「内覧」(関白に準じる職掌で、天皇に奏上する文書に前もって目を通す地位)の宣旨が出されたのが、道長が三十代に差し掛かった頃だ。順調な一方で、中関白家との確執もあり、人間関係に悩む日々が続いていた。関幸彦氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)では、政治家としての最盛期を迎えた藤原道長の二十五年間が描かれている。同著から一部を抜粋、再編集し、紹介する。
    吉高由里子「光る君へ」視聴率最低スタートでも“余裕”のメッセージを出したワケ
    吉高由里子「光る君へ」視聴率最低スタートでも“余裕”のメッセージを出したワケ 1月7日よりスタートしたNHK大河ドラマ「光る君へ」で主演を務める俳優の吉高由里子(35)。本作は平安時代中期を舞台に、「源氏物語」を書いた紫式部の人生を描いていくが、初回の平均世帯視聴率は12.7%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)と、大河ドラマの初回視聴率としては過去最低となった。
    道長は年上女子の“お眼鏡にかなった”好男子 女性たちのサポートで押し上げられた「運命」
    道長は年上女子の“お眼鏡にかなった”好男子 女性たちのサポートで押し上げられた「運命」 永延元年(九八七)、藤原道長は二十二歳で宇多天皇の孫にあたる源雅信の娘倫子と結婚をしたが、この婚姻の成立には倫子の母の強い後押しがあった。またその翌年には、源高明の娘明子を第二夫人として迎え入れる。この仲立ちを積極的になしたのは道長の姉詮子だった。姉詮子は道長の関白(内覧)就任にも大きく関わっている。関幸彦の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、年上女性に応援される道長の人間性を紹介する。
    天皇が挑発した「女性が鬼に食われた」場所での肝試し 「いとさりげなく」こなした藤原道長の豪胆
    天皇が挑発した「女性が鬼に食われた」場所での肝試し 「いとさりげなく」こなした藤原道長の豪胆 寛和元年(九八五)五月下旬の闇夜、花山天皇の遊び心から、闇夜の肝試しをすることになった道隆・道兼・道長の三兄弟(「三道」)は、それぞれの指定の場所へ向かう。当時は、物怪や鬼神は日常のものであり、兄2人が恐れをなすなか、道長は堂々と柱まで削って戻って来た。関幸彦氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)では、『大鏡』〈道長伝〉の中で描かれた藤原道長の豪胆さを表すエピソードを紹介している。一部を抜粋、再編集し、紹介する。
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