「紫式部」の名前の由来となった父 曽祖父や伯父が『源氏物語』に与えた影響とは
紫式部の一家は、典型的な文人貴族だ。曽祖父の兼輔は公卿で、歌才も豊かだった。父為時の兄為頼は、摂関家の藤原頼忠家の歌会に出席していた。永観二年(九八四)には、父為時が“式部丞”となり、この父の官職に由来し「紫式部」の名は付けられた。翌々年には“蔵人・式部大丞”に任ぜられ、為時は歌人としても有名となった。「式部の成長する環境のなかで少なからず影響を与えたはずだ。」と歴史学者の関幸彦氏は言う。同氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、三人の人物が紫式部にどのように影響を与えたか紹介する。




























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